甲府地方裁判所都留支部 昭和58年(ワ)101号 判決 1988年2月26日
昭和五八年(ワ)第一〇一号事件原告 萩原経明
昭和六二年(ワ)第八三号事件原告 萩原秀子
右両名訴訟代理人弁護士 白井忠一
昭和五八年(ワ)第一〇一号、昭和六二年(ワ)第八三号事件被告 株式会社 日向
右代表者代表取締役 日向正貴
右両事件訴訟代理人弁護士 古屋俊仁
右同訴訟復代理人弁護士 水上浩一
主文
(昭和五八年(ワ)第一〇一号事件)
一 被告は原告に対し、金一六三万三三五〇円およびこれに対する昭和五八年一〇月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、別紙物件目録記載の店舗二階に設置したコンプレッサーから発生する音量を、毎日午後一〇時から翌朝午前八時までの間は、原告の専用する二階居間部分において、騒音レベルで三〇ホン以上にならないよう、また、低周波音については、別紙騒音表中段に示す受忍できる音の強さ以上にならないようにするため、その設置場所を一階におろし被告店舗の東北端に移動し、同コンプレッサーの設置につき最良の防振ゴムをパッキングすると共に、同コンプレッサー設置部分の被告専用店舗壁際から同店舗内に三〇センチメートルの間隔を置いて、厚さ一五センチメートルの鉄筋コンクリートの防音壁を設置せよ。
三 被告は原告に対し、この裁判確定の日から前記第二項の防音施設をなすまでの間、一日につき金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の、その余を原告の負担とする。
六 この判決は前記第一項に限り仮に執行することができる。
(昭和六二年(ワ)第八三号事件)
一 被告は原告に対し、金五〇万円およびこれに対する昭和六二年一一月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は前記第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 昭和五八年(ワ)第一〇一号事件原告(以下「甲事件原告」という)
1 昭和五八年(ワ)第一〇一号事件被告(昭和六二年(ワ)第八三号事件被告でもあるから、以下まとめて単に「被告」という)は甲事件原告に対し、金八〇〇万円およびこれに対する昭和五八年一〇月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、別紙物件目録記載の店舗内に設置したコンプレッサーから発生する音量を、毎日午後九時から翌朝午前八時までの間は、甲事件原告の専用する部分において、騒音レベルで三〇ホン以上にならないよう、また、低周波音については、別紙騒音表に示す受忍できる音の強さ以上にならないよう設置場所を一階におろし被告店舗の最北端に移動し、コンプレッサーの設置につき最良の防振ゴムをパッキングすると共に、被告専用部分から三〇センチメートルの間隔を置いて、厚さ一五センチメートルの鉄筋コンクリートの防音壁を設置せよ。
3 被告は甲事件原告に対し、昭和五八年一〇月二一日から右防音施設をなすまでの間、一か月金三〇万円の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行宣言。
二 昭和六二年(ワ)第八三号事件原告(以下「乙事件原告」という)
1 被告は乙事件原告に対し、金二〇〇万円およびこれに対する昭和六二年一一月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
三 被告
1 甲乙両事件原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は甲乙両事件原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(甲事件原告)
1 甲事件原告は家族と共に、大月市大月一丁目五番四号に居住し、米殻店を経営している。
2 被告は、右同所において、昭和五五年六月二五日からスーパー日向大月店を開店し、生鮮食料品ほか日常生活用品等を販売している。
3 甲事件原、被告が営業している建物の敷地は訴外井上一男の所有しているものであるが、甲事件原告は、昭和三五年七月ころ、訴外亡小林徳太郎から、右土地上にあった旧建物を借地権と共に買受け、それを住居兼米殻店として使用していた。昭和四四年ころ、地主である訴外井上一男の先代文衛左門との間で旧建物も全部取去って高層建築にすることの了解が成立し一棟の建物として建築した。そして右建物を賃借地の境界線に沿って、厚さ約一〇センチメートル位のブロック製隔壁を設けることによって区分し、賃借地上の建物部分を甲事件原告が、その余の建物部分を訴外井上一男がそれぞれ所有する(区分有)ことになったが、完成した建物(以下「本件建物」ともいう)の双方を隔絶するものは、前記ブロック製隔壁だけであった。
4 このような構造の建物は、建物の何れかの部分に有形力が加わると、それによって生ずる震動や音響は、たちまち建物のすみずみに伝わることは、物理上、周知の現象である。したがって、そのような建物の一部を利用して経済生活を営むものは、他の部分を使用して社会生活を営むものに対しては、相互に違法な騒音や震動を発生させ、平穏で健康な文化生活をすることを妨害することがないよう不断の注意義務があるものというべく、被侵害者から正当な権限に基づいて、その妨害の排除を求めるとか、その妨害のために生じ、または生ずるであろう損害の賠償を請求されたときは、これに応じなければならない。
5 訴外スーパー中込は、昭和四四年ころ、建物が完成すると同時に、被告が現在使用している部分を使用してスーパー形式の店舗を開設した。その後、同店は規模の大きい冷蔵庫やコンプレッサーを増設したので、震動や騒音が逐次増加し原告の平穏な家庭生活を侵害した。
そこで、甲事件原告は、スーパー中込大月店の責任者に対して、申入れをしたところ、その責任者は、すぐコンプレッサーの設置場所を移動し、防音施設を設置したので、違法な騒音は止んだ。スーパー中込店は間もなく倒産し、大月店の建物は貸主に返還され、その後五年位は空家となった。
6 被告スーパー日向大月店は、昭和五五年六月二五日開店したが、開店前に被告会社の開発開設役員数名が甲事件原告方に挨拶に来た際、甲事件原告は、本件建物の構造を説明すると共に、前記第5項のスーパー中込大月店のことを説明したところ、右被告会社役員らは、了解し、被告が隣に開店しても、甲事件原告の生活を脅かすような騒音や震動は出さないように配慮することを約した。
7 それにもかかわらず、被告大月店は、前記スーパー中込大月店が設置したものとは比較にならない程の大型コンプレッサー五基をはじめ、商品冷凍ケース、リフト、冷蔵庫、冷凍庫、製氷機を設置し、それらが昼夜の別なく作動しているので、夜通し、受忍限度を超える低周波騒音が甲事件原告方に伝播し、そのため、甲事件原告やその家族は安眠を妨害され、肉体的にも、精神的にも堪えられない程の重圧に見舞われると共に、勤労意欲も減退し、経済的にも収益が減少し、それを避けるための負担が増大した。甲事件原告は、被告大月店に対して、再三苦情を申入れたり、大月市役所に対し、低周波音による損害の実体を訴え、被告に対して加害原因を除去すると共に、以後それを繰返すことがないよう注意または、勧告するように職権の発動を促したが、低周波騒音は、その後も止まず、今も継続して甲事件原告を悩まし続けており、そのため、甲事件原告は疲労のあまり、閉塞隅角緑内障(青そこひ)に罹った。
8 低周波音については、目下のところ公的規制がないが、別紙騒音表中段は、学者が、幾度か実験を繰り返して出した数値であるから、一応受忍限度と解し得る。また甲事件原告方で聞こえる音の大きさを平坦特性で表示すると、別紙騒音表下段のようになる。さらに原告宅室内において、騒音レベルとしては特性で三〇ホンが受忍できる限度と考えられる。
9 被告は甲事件原告に対し、受忍限度を超える違法な低周波騒音を発し、平穏な家庭生活を妨害しているので、それによって、甲事件原告が蒙った損害を賠償する義務がある。甲事件原告の家族は、甲事件原告とその妻(乙事件原告)および、長女の三人であるが、甲事件原告とその妻(乙事件原告)は、低周波音による被害を避止するため、一週間に三日位の割合で、甲事件原告の住所より約五〇〇〇メートル位離れたところにある、甲事件原告所有の旅館に一部屋とって宿泊し、睡眠をとって、健康を回復しなければならなかった。また、桂自動車教習所に勤務していた長女は堪えきれなくなって、自宅から通勤することを諦め、東京でアパートを借りてそこに転居し、勤務先に通勤することを余儀なくされた。そのため甲事件原告は、被告の低周波音によって、次のような損害を蒙った。
(一) 積極的損害
A 甲事件原告の、緑内障治療のための損害
イ 昭和五九年六月二一日から同年一二月二二日まで、病院に通院し、外来治療費を金二万六七二〇円支払い、
ロ そのうち、昭和五九年六月二五日に入院し、同年七月四日に退院したので、その間の入院費を金八万四七五〇円を支払った。
ハ また、昭和六〇年四月一六日から、同年一二月一一日まで病院に通院し、外来診療費を金一万八九七〇円支払い、
ニ 昭和六一年五月一二日に再入院し、同月二七日退院したので、その間の入院費を金一八万六五四〇円支払った。
ホ さらに、昭和六一年二月一八日から、同年七月一五日まで病院に通院し、外来治療費を金三万一二五〇円支払い、
ヘ 右期間中の入院付添費、入院雑費、通院費を支払ったが、その額は合計金二〇万円を降らなかった。
以上 小計金五四万八二三〇円
B 長女の転居について、甲事件原告が支払った損害
イ アパートの賃料一か月当たり金五万円、二四か月分合計金一二〇万円
ロ 引越代金一〇万円
以上 小計金一三〇万円
C 市販の薬代 レスタミン 二三個
合計金三万三三五〇円
D 騒音測定並びに弁護士費用
イ 騒音測定分析費二回分 金三〇万円
ロ 弁護士費用(清水、白井弁護士) 金一二五万円
以上 小計金一五五万円
(二) 消極的損害
A(売上利益の逸失)
甲事件原告は米穀店を経営している傍ら、石材店も営んでいるが、顧客喪失等により、昭和五五年度と比較して、昭和五六年度から昭和五八年度までの間に売上高が順次減少し、その差額は合計金三四〇三万七〇七三円に達した。この商品の収益率は、区々であって、一定していないけれども、少なくとも平均して一〇パーセントを降ることはないから、金三四〇万円位の減益になるものとみられるところ、少なくとも金三〇〇万円は逸失したものとみることができる。
B (逃避のための旅館代)
甲事件原告と乙事件原告は、一週間に三回位の割合で甲事件原告所有の旅館に宿泊して前記被害を回避しなければならなかったが、一泊金二〇〇〇円を降ることはないから、相互に交替で宿泊した回数を一年につき二〇〇回としても三年間で六〇〇回になること、およびその累計が金一二〇万円になることは計算上明白である。従って、甲事件原告は、右同額の損害を蒙った。
(三) 慰謝料
甲事件原告が、本件低周波音によって受けた精神的苦痛は金二〇〇万円と評価しても、決して高きに失することはない。
(四) 右(一)ないし(三)の損害金の合計額は九六三万一二三〇円である。
10 よって、甲事件原告は、被告に対し、請求の趣旨記載のとおり、損害金合計九六三万一二三〇円のうち、金八〇〇万円の賠償と、これに対する昭和五八年一〇月二一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金ならびに、甲事件原告の専有部分において、別紙騒音表の受忍できる強さに示す数値以下になるような低周波音防止施設の設置と昭和五八年一〇月二一日以降、右防音施設をなすまでの間、一か月金三〇万円の割合による損害金の支払いを求める。
(乙事件原告)
1 乙事件原告は甲事件原告の妻であり、甲事件原告と共同生活を営んでいる。
2 甲事件原告の請求原因事実のうち、米穀店、石材店を経営していること、本件建物の借地権者、旅館の所有権者がいずれも甲事件原告であること及び請求原因9(一)(二)の各事実の他は、すべて甲事件原告の請求原因事実と同旨であるからこれをここに引用する。
3 よって、乙事件原告は被告に対し慰謝料金二〇〇万円とこれに対する昭和六二年一一月二一日から完済まで年五分の割合による損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
(甲乙両事件)
1 甲事件原告の請求原因第1、2項及び乙事件原告の請求原因第1項は認める。
2 甲事件原告の請求原因第3項のうち、甲事件原告、被告が営業している建物の敷地は訴外井上一男の所有しているものであるとの事実及び同建物が甲事件原告と訴外井上一男の区分所有であるとの事実は認め、その余は不知。(乙事件原告の請求原因第2、3項についての認否は甲事件原告の同第3項以下に対する認否と同旨なので、すべてこれをここに引用する)
3 同第4項の事実については不知、ないしは争う。
4 同第5項のうち、訴外スーパー中込が昭和四四年ころ、被告が現在使用している部分を使用してスーパー形式の店舗を開設した事実は認め、その余は不知。
5 同第6項は、被告大月店が昭和五五年六月二五日に開店したことを認め、その余は否認ないし争う。
6 同第7項は否認ないし争う。
7 同第8項は、低周波音について現在公的規制がないことは認め、その余は不知ないし争う。
8 同第9項については、甲乙事件原告に損害が生じたことは否認し、それぞれの数額そのものについては不知。
9 同第10項は争う。
三 抗弁
1 被告が所有者訴外井上一男より貸借している建物部分は当初から訴外スーパー中込が使用することを前提として建築されたものであって、原告ら両名はこのことを承知していた。被告は右訴外スーパー中込と同業を営む会社であり右訴外スーパー中込と同様に冷蔵庫やコンプレッサーを使用しているが原告らとしては、本件建物の建築時すでに同じ一棟の建物内に冷蔵庫やコンプレッサーが設置されることは容易に予測しえたはずである。したがって、本件において被告が出している程度の低周波音は原告ら両名の受忍限度の範囲内である。
2 本件については、昭和五六年一二月一六日に甲事件原告と被告間において次の和解契約が成立している。
(一) 甲事件原告宅に接する仕切り壁の防音工事をする。
(二) 冷凍ケース用コンプレッサーに対し、重厚パッキング設置工事をする。
(三) 甲事件原告が自動販売機を被告南接地である訴外井上一男所有地に設置することが実現するよう被告は協力する。
(四) 右三項が履行された場合には、甲事件原告は大月市長あてに提出してある本件騒音の解決方の申し入れを取り下げる。
その後右和解の(一)ないし(三)項は全て履行されたので、甲事件原告は、前記大月市長あての申し入れを取り下げた。右和解契約は、明示こそされていないが、甲事件原告が同原告と同居する家族を代理ないし代表して被告との間で締結したものと解すべきであるから、乙事件原告もこの和解の効力を受ける。
3 甲事件原告が損害として列挙するもののうち、長女の転居については勤務先が東京である以上本件とは無関係であり、旅館代は原告らが甲事件原告所有の旅館の空部屋に泊まったにすぎないから、何の損害も認められない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁第1、3項はいずれも争う。
2 同第2項のうち、甲事件原告が大月市長あての申し入れを取下げたとの点は否認する。
本件和解契約の趣旨は、低周波騒音に基づく原告らの平穏な家庭生活を侵害することを除去する目的でなされたものであるから、低周波音が原告らの受忍限度以下または、それに近い程度の防音効果がある工事を施さなくては履行したとはいえないところ、工事前に測定した低周波音の数値と、工事後に測定した低周波音の数値との間に殆ど相違がみられないから、履行が終わったとはいえない。したがって、この和解書があるからといって、被告が甲乙両事件原告の請求を拒み得る理由にはならない。
第三証拠《省略》
理由
一 甲、乙両事件原告(以下「原告ら」ともいう)の請求原因第1項、甲事件原告の同第2項については、原告ら両名と被告との間で争いがない。
また、甲事件原告と被告とがそれぞれ隣りあって営業している建物(本件建物)の敷地は訴外井上一男の所有しているものであること、及び本件建物は甲事件原告と訴外井上一男との区分所有であることも全当事者間で争いがない。
二 《証拠省略》によると、
1 本件建物は昭和四四年ころに鉄筋五階建のものとして建設されたが、建物を支える柱や桁、棟、梁などは、全体として有機的に一体となって組成され、壁、天井、床なども、直接または間接に連結しているため、甲事件原告と訴外井上一男のそれぞれの区分所有建物を隔絶するものとしては、本件建物を建設する際にあらかじめ、右両名の間で合意し、了解された厚さ約一〇センチメートル位のブロック製隔壁のみであった。本件建物はこのような構造のものであるところから、区分所有建物部分のいずれか一方に有形力が加わると、それによって生ずる震動や音響が、他方の区分所有部分にも伝わることを全く遮断することは構造上極めて困難な状況にある。
2 ところで本件建物は建築直後から訴外井上一男の区分所有部分については訴外スーパー中込が賃貸してスーパー形式の店舗を構え、相当な規模の大きさの冷蔵庫やコンプレッサーを設置した。このため、そのころ右冷蔵庫やコンプレッサーの稼働によって原告らの居住部分にも震動や音響が伝わったのでそれらに悩まされた甲事件原告の申し入れによって、右スーパー中込はコンプレッサーの設置場所を移動したり、防音施設をほどこすなどした結果、そのトラブルは解決した。
3 その後スーパー中込は倒産し、その建物部分を被告が借り受け、昭和五五年六月二五日にスーパー形式の店舗を開いた。そして被告は、スーパー中込と同様、冷蔵庫、コンプレッサーなどを設置したが、騒音の発生源となる各種装置は、
(一) 一階部分にある商品冷凍ケース、リフト、冷蔵庫、製氷機(そのうち、リフトは午前八時三〇分から午後七時までの間で商品運搬の必要が生じたときのみ作動する。製氷機は右時間帯は作動しているが、午後七時の閉店後、とくに夜間は殆ど停止している。商品冷凍ケースと冷蔵庫は一日中作動している)
(二) 二階部分にあるコンプレッサー、リフト、冷凍庫(コンプレッサーは大型で五基ある。五基ともが常時作動しているわけではないが、冷凍庫、冷蔵庫、商品冷凍ケースなどへの冷気供給源であるため作動率は高く、少なくとも何基かは一日中作動しており、とくに夏季は冬季に比べて高い。冷凍庫は一日中作動している)
である。
原告らの就寝する夜間、深夜帯に作動しているもののうち、主な振動発生源はコンプレッサーであって、コンプレッサーが発生する振動が床板をとおして原告ら居宅部分へ伝播し、壁、床振動によって音が原告らの二階居間などへ放射されることとなる。
4 被告が稼働させているコンプレッサー等による低周波振動が原告ら及びその家族の安眠を含む平穏な生活を妨害していると考えた甲事件原告は、被告に対して何度か改善の申し入れを行い、また大月市役所に対しても公的立場からする注意ないし勧告を被告に行うよう申し入れた。その結果昭和五六年一二月一六日に甲事件原告と被告との間において
(一) 被告は甲事件原告宅に接する仕切り壁の防音工事をする。
(二) 被告は冷凍ケース用コンプレッサーに対し、重厚パッキング設置工事をする。
(三) 甲事件原告は、自動販売機を被告大月店南接地(訴外井上一男所有地)に設置する。被告はこれを了承するとともに、これが実現できるよう地主である訴外井上一男に対し要請する。
(四) 甲事件原告はこれ(右の(一)、(二)、(三)項)が、実現した場合は、大月市長あてに提出してある書類を取り下げる。
との和解が成立し、和解調書と題する書面が作成された。その後被告は(一)(二)の各工事を行い、(三)も訴外井上一男に働きかけて実現した。また甲事件原告は大月市長あての要望を正式に取り下げてはいないが、右の和解調書があることを理由に、同市役所では、すでに解決ずみという扱いをしている。
以上の事実が認められる。原告らは以上のような事実関係のもとで、前記和解が成立した後も、右コンプレッサーなどによる低周波振動音が、受忍限度を超える音を原告ら居宅居間部分に伝播し、このため原告ら及びその家族は安眠を妨害されるなど種々の損害を受けているとするので以下この点について検討する。
三 《証拠省略》によると、
1 まず本件和解契約の趣旨は低周波振動音に基づく原告らの平穏な私的生活への侵害を除去する目的でなされたものであると解せられるから、たとえば和解条項(一)の原告宅に接する仕切り壁の防音工事をするとの点についていえば、仕切り壁を取りつけさえすればそれで足りるというものではなく、低周波音が原告らの居宅の居間部分において、原告らの受忍限度以下になるよう防音工事が施されていなければならない。
同条項(二)の工事も同様の効果のある工事が施されていなければならない。以上のように解せられる。
2 ここで本件和解に基づく防音工事が行われた前と後での原告ら居宅居間部分での低周波音に変化があったかどうかについて検討しておく。甲事件原告及び被告の双方が測定を依頼した八二興業有限会社が、昭和五五年八月二〇日午前五時四五分に、甲事件原告二階居間仕切壁ぎわ畳上で測定した結果によると、音圧レベルについては六三ヘルツで五九デシベル、振動レベルについては五〇ヘルツで六二デシベルであったが、昭和五七年一月二九日午後二三時三〇分から午前一時三〇分に、ほぼ同じ場所で測定した結果によると、音圧レベルについては六三ヘルツで五六デシベル、音圧レベル(F特性)で六一ないし六三デシベル、騒音レベル(A特性)で三四ホン、振動レベルについては五〇ヘルツで、五五デシベルとなっていること。ついで甲事件原告の依頼によって山田伸志(当時山梨大学工学部助教授、現在は教授)が昭和五七年二月八日午前〇時から午前九時までの間に、甲事件原告宅二階居間、壁より三〇センチメートル、高さ五〇センチメートル(ただし振動は壁より五〇センチメートル)のところで測定した結果によると、音圧レベル(F特性)としては一ないし一〇〇ヘルツの範囲で六五デシベルとなっており、そのうち五〇ヘルツで五五デシベルの、一〇〇ヘルツで四二デシベルの成分があること、そして騒音レベル(A特性)では三一ホン、振動レベルとしては四五デシベル(一ないし一〇〇ヘルツの範囲内で)あること、また昭和六〇年七月一六日午後一〇時から午後一二時までの間、右山田伸志が、右同一の場所を測定した結果(本件鑑定の結果)によると、音圧レベル(F特性)として一ないし一〇〇ヘルツで六〇デシベル(その主成分は五〇ヘルツと一〇〇ヘルツにある)、騒音レベル(A特性)としては三三ホンとなっている。
したがって八二興業有限会社の測定結果に従うと和解による防音工事が施工される前と後では、騒音レベルについては明らかでないが、音圧レベル(F特性)については五九デシベルが五六デシベルに、振動レベルについては六二デシベルが五五デシベルに変化しており、一応の改善が図られたことになる(なお山田伸志の測定結果はいずれも本件和解以降になされたものと認められるのでここでは不問としておく)。
3 問題は前記2のごとき数値によって示された測定値が原告らの日常生活に支障をきたすようなものであるかどうかである。
(一) 昭和六〇年七月一六日における前記山田伸志の測定結果によると、甲事件原告宅居間での低周波音は最小可聴値平均値よりも一〇〇ヘルツでは、はっきり上廻っており、五〇ヘルツでもわずかに上廻っており、最小可聴値からはいずれも、あきらかに上廻っている。
(二) 低周波音とは一〇〇ヘルツ以下の音をいうが、その中でもとくに四〇ヘルツから五〇ヘルツの周波数において苦情が多く発生する。元来、苦情の対象となる低周波音はまったく、人間に聞こえない音ではないのであって、日中は他の通常の生活音にまぎれて(これをマスキング効果という)問題にならないが、夜間、附近が静かになるころはじめて聞こえ、苦情の対象となるという性質をもっている。そして、本件被告大月店のコンプレッサーの稼動音が、低周波音として、原告らがその居宅の居間で夜間静かになって就寝しようとするころに聞こえてくること、しかもそれは翌朝まで継続していて、長期間の音の暴露となり、原告らにかなりの心理的影響を与えている。またリフトは夜間は作動しないが、昭和五七年二月八日の作動開始時間である午前八時三〇分ころから九時三〇分ころまでの一時間の間の測定結果によると、一〇回程度原告らの居間で聞こえ、一〇〇ヘルツにピークがあり、低い音ではあるが、はっきり聞こえる。このため甲事件原告は将来寝込んで昼間も家にいるということになった場合にはこのリフト音が気になるであろうとの不安感をもっており、現実にも、朝早くリフトを動かす場合には、原告らの朝方の睡眠を妨害する可能性が大きい。
(三) こうして、主として本件コンプレッサーから発生する低周波音によって原告らが、いらいらに陥入り、睡眠不足になることは十分予想され、不眠からくる胃痛、胃腸の不調等が発生する可能性がある。なお振動は原告らの居間に明らかに不快感をもたらすという程のものではない。
4 以上の1、2、3が認定判断せられ、右によれば、原告らが主として被告大月店のコンプレッサーの夜間稼働によって、安眠を妨害されるなどの被害を受けていることは明らかであるというべきところ、原告らはそれぞれの請求の趣旨記載の各裁判を求めているので、以下この点について検討する。
なお被告は右に関連して所有者である訴外井上一男と甲事件原告とが共同して建てた本件建物は当初から訴外スーパー中込が使用することを前提として建築したものであるから、冷蔵庫やコンプレッサーの設置などによる低周波音が出ることは、甲事件原告のあらかじめ容易に予測し得た事柄であるから原告らは受忍すべきであると主張するが、低周波音による被害というような微妙な事実は現実に経験した段階で、はじめて、はっきりしてくることは否定できず、また、原告らの経歴からみて、低周波音についてあらかじめ的確なあるいは相当な知識をもっていたとは認め難いことからも、被告の主張するような信義則的な法理は適用される余地がない。また前記和解契約書の条項(三)が被告の努力で実現しているが、自動販売機の設置と低周波音による被害は次元が異なっており、そのことによって原告らは本件コンプレッサーによる被害をすべて受忍すべきであるということにはならない。
四 《証拠省略》によると、
1(一) 被告大月店のコンプレッサーの夜間稼働によって原告ら方居間に伝わってくる音の強さは、すでに見たように騒音レベル(A特性)で三一ホンから三四ホンとなっていて、そのうち、最も新しい時期の測定結果によれば三三ホンであること、他方、最小可聴値最小値は一〇〇ヘルツで二五ホンとなるが、八〇ヘルツまではおおむね三〇ホン以下であれば聞こえないこと(最小可聴値平均値によれば、この数字はやや高くなる)、このため、騒音レベル(A特性)で夜間は三〇ホン以下におさえれば、原告らの安眠生活は一応保たれること、その時間帯は通常人の社会生活を基準として考えると夜午後一〇時から翌朝午前八時までの間が相当であること、
(二) ついで騒音レベル(A特性)で三〇ホン以下におさえるためには、別紙騒音表中段の受忍できる音の強さ以下におさえることが、必要となるが、このためには、現在被告大月店舗二階部分に設置してあるコンプレッサーを一階におろして被告店舗の最東北端に移動するなど原告ら居宅部分から出来る限り引き離し、その場合、新しい場所でのコンプレッサーの設置については最良の防振ゴムをパッキングして防振処理をすること、また、コンプレッサーの新しい設置場所の周りのうち、本件建物の被告専用部分外壁側に関しては、その外壁から三〇センチメートルの間隔を置いて厚さ一五センチメートルの鉄筋コンクリートの防音壁を設置するのが相当である。
以上の点が、まず認定判断できる。
2(一) ついで、甲事件原告が緑内障治療のため、請求原因の(一)Aで記載するとおり通院ないし入院治療した事実は認められるが、本件コンプレッサー作動による低周波騒音にもとづくものであるとまでは認められない。また原告らの長女の東京への転居は、勤務先が東京、新宿であることから生じたともみられるのであって、本件低周波騒音にもとづくものであるとまでは認められない。
(二) 被告大月店が開業した昭和五五年六月末ころから、甲事件原告は断続的に三か月に一度位市販の睡眠薬であるレスタミンを薬局から購入し三万三三五〇円を支払っているが、これは本件低周波騒音によって夜間の睡眠が妨げられたために、購入して原告らにおいて服用したと認めるのが相当である。
(三) 騒音測定のため甲事件原告及び被告が八二興業有限会社に依頼して分析してもらい、そのうち甲事件原告が支払った費用は一回分で一五万円と認められ、また本件訴訟を遂行するための弁護士費用としては六五万円を認めるのが相当である。
(四) なお、甲事件原告はその請求原因9(二)Aにおいて、売上利益の逸失を消極的損害として主張しているが、本件低周波騒音との因果関係は不明であって、本件低周波騒音によるものとまでは認められない。
(五) 原告らが原告ら居宅居間では十分睡眠がとれないことから一週間に二回ないし三回程度、甲事件原告所有の旅館に宿泊して睡眠をとるなどして、その精神的、肉体的疲労を回復する必要があったことは認められる。そして、この場合甲事件原告所有の旅館ではあるけれども、事実上は甲事件原告所有の別棟に泊まったとみてもおかしくない面があるので、そのための費用としては一泊一人につき五〇〇円と認めるのが相当である。そうすると、原告らがそれぞれ一年に一〇〇回ずつ宿泊したとすると一年に二〇〇回分で一〇万円であり、三年分としては三〇万円の損害を甲事件原告は蒙むったと認めるのが相当である。
(六) 甲事件原告、乙事件原告ともに、本件低周波騒音によって、それぞれ精神的な苦痛を強いられてきたことは明らかであり、この苦痛を慰謝するには各自につき五〇万円を支払うのが相当である。
以上が認定判断できる。
五 甲事件原告の被告に対する昭和五八年(ワ)第一〇一号事件の訴状が送達された日の翌日が昭和五八年一〇月二一日であること、また乙事件原告の被告に対する昭和六二年(ワ)第八三号事件の訴状が送達された日の翌日が昭和六二年一一月二一日であることは本件記録上明らかである。これまで認定してきたところから、被告がその専用使用部分につき適切な防音施設を施していないことは明らかであり、このため前記1(二)で認定したような防音施設を施すまでの間、一日につき五〇〇〇円の割合による金員を被告は甲事件原告に支払うべきであり、その起算点は、この判決が確定した日と認めるのが相当である。
六 (結論)
以上によると、甲事件原告の本訴請求(昭和五八年(ワ)第一〇一号事件)のうち、主文第一、二、三項に掲げる限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、乙事件原告の本訴請求(昭和六二年(ワ)第八三号事件)のうち、主文第一項に掲げる限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、両事件を通じて訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については、それぞれの事件の主文第一項の金員の支払を命ずる部分については相当であるからこれを付することとし、その余は相当でないからこれを付さないこととし、同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中島尚志)
<以下省略>